技術情報
TECHNICAL INFORMATION
シャルピー基準片とは

シャルピー試験機用基準片って?
金属材料の機械的強さには引張り、圧縮などの静的負荷に対する強さと繰返し負荷や衝撃的な負荷などの動的負荷に対する強さがあります。金属材料の動的負荷の強さを評価する方法としては、シャルピー衝撃試験法が一般的に行われています。シャルピー衝撃試験機については、古くから標準化が行われており、JIS規格(JIS B7722)においても試験片支持台、ハンマ、衝撃刃、機枠、指示装置などの主要部分の寸法諸元と検査方法が規定されております。しかし、シャルピー衝撃試験においては、試験結果の不一致がよく問題にされます。そのため、動的な使用状態での総合性能検査として、基準片を用いた総合検査が必要であることが主張されてきました。総合検査を行う場合は、世界中で唯一基準片の製作供給が可能であったアメリカから購入せざるを得ませんでした。
そこで、日本鉄鋼協会が中心になって、シャルピー衝撃基準片を国産化するための研究を開発し、これを1900年に実現したので、これを受けてJIS B7722で基準片による総合検査を実施する旨の改訂が行われました。シャルピー衝撃基準片は写真の形状のもので、標準物質の1つとしてシャルピー衝撃試験機の総合検査に用いられるものです。
当社では、品質工学の手法を用いて高精度のシャルピー衝撃基準片を短期間に開発に成功し、販売しております。
硬さ標準片とは

硬さ標準片って何?
硬さ試験は、材料の引張り強さの代用特性を求めるために、工業的に考えられた試験方法であり、機械部品の強度や熱処理などの品質評価等に広く行われています。 しかし、硬さ試験機は試験機によって色々な硬さ値を指示することが多いので、製品の品質の信頼性を確保するためには、標準を用いて試験機を校正することが極めて重要であります。
ところが、硬さは工業的な約束によって成立する工業量であるので、硬さ値については古くから色々な考えかたがあって、国際的にも国内的にもいくつもの基準が存在する状態が長い間続きました。
計量研究所は、硬さ試験方法に表現された約束事をできるだけ忠実に実現しようという考え方で硬さ標準の研究を行い、1960~1965年の間に各種硬さの標準値を設定しました。
硬さ標準片は、写真に示されるように硬さ標準値を表示してある標準物質の1つとして、硬さ試験機の校正や管理に使用されるものであります。JIS規格では硬さ基準片と呼んでいますが、従来から慣用的に用いられた硬さ基準と区別する意味で、計量研究所が設定した国の硬さ標準値が値付けられているものを特に計量研究所では硬さ標準片と呼んでいます。
当社では品質工学の手法を用いて、高精度の各種硬さ標準片を開発し、販売しております。
硬さ標準値の精度とはどういうもの?

標準の考え方には、要素統合型と比較統合型とがあります。要素統合型の標準は、標準を規定するいくつかの要素を定め、それを装置として合成すれば正しい値が得られるという考え方であり、比較統合型の標準は唯一の拠り所となる標準が得られない場合、各事業所で測定された測定値の平均を求めるという考え方です。この両者は相互補完的であり、いずれか一方だけで正しいとは言いがたいのですが、現実には補完させることが困難な場合が多いのです。 硬さ標準の場合は、要素統合型の考え方を基本として、比較統合型との補完を行って設定されました。
硬さ標準の中から、ロックウェル硬さ標準について詳しく述べます。
ロックウェル硬さ標準は、ロックウェル硬さの定義として明示されている部分を試験機、圧子に実現し、かつオリジナルの考えにできるだけ沿って、計測的に設定されるべきものであるとの考え方で設定されました。Wilson社のオリジナルな試験機は槓杆型であり、標準試験機も槓杆型を採用して、要素統合型で、設計し、試験機の各構成要素の誤差要因の効果を総合的に評価した後に、ロックウェル硬さの定義に明示されている部分を可能な限り忠実に標準試験機に実現しました。 圧子についても、同様な考え方のもとに定義として明示されている形状に比較的近い良好な数十本の圧子を標準圧子群として、その形状を精度の高い方法によって計測し、これらの標準圧子群によって測定された硬さ値との関係を、形状誤差をパラメータとした重回帰式の不偏推定値として定義通りの圧子の形状を持った圧子によって得られる硬さ値を推定しました。 したがって、個々の標準圧子は、この不偏推定値によって校正された補正値が与えられます。
この様にして設定されたロックウェル硬さ標準値の誤差は、HRC60について表わすと、表1の通りになります。
回帰係数は、荷重が1g異なった場合に変化する硬さ値の割合を示すもので、1の基準荷重の場合は、標準試験機の基準荷重の許容差が±4.6gであるので、基準荷重が定義で定められた荷重と4.6g異なった場合に変化する硬さ値の大きさは、4.6×2.8×10-4=0.00129HRC≒0.00HRCとなります。
同様にして2の試験荷重の場合も、10.8×(-1.8×10-4)=0.00194≒0.00HRCとなります。
3の指示系の誤差は、指示系の許容差が±0.2μmであり、1HRCの硬さ値を押込み量に換算すると2μmに相当しますので、硬さ値の誤差は±0.10HRCとなります。
4の1次標準圧子の形状校正誤差は、形状誤差をパラメータとした重回帰式の不偏推定値によって校正された後の校正し切れない硬さ値の誤差で、±0.12HRCとなります。
5の偶然誤差は、1~4の要素に含まれない標準試験機の経時的な変動や標準片のばらつきなどが含まれている偶然的な誤差で、誤差分散Ve=0.01でn=9の場合±0.07HRCとなります。
したがって、総合的な標準の誤差は、1~5の2乗和をとって、

となります。
そして、設定された硬さ標準を標準試験機で新たな標準片に値づけするときの供給の誤差は、表2の通りになります。
標準片の値づけは、4の1次標準圧子によって校正された2次標準圧子を用いて行うことから、7の2次標準圧子の形状校正誤差は、±0.25HRCとしています。
8の標準片のばらつきは、表1の5偶然誤差は使用面を代表する9点を測定したときのばらつきであり、9点の測定値から使用面全体のばらつきを推定する必要があるので、これをJISZ9058(母分散の区間推定)によって推定したVe’を用いています。 したがって、標準供給の誤差は6~8の2乗和をとって、

となり、これを標準値の精度として、0.05HRC単位に丸めて±0.35HRCと表示しています。
従来から、硬さ標準片の品質の評価の尺度として、ばらつきR(測定値の最大値-測定値の最小値)が用いられています。 そして、標準値の精度がばらつきRと同じように見られることも多いように思われます。 しかし、表2で明らかのように、ばらつきRは、表2の8に相当するもので、標準値の精度の一部分でしかありません。 表2の8のVe’をばらつきRに変換すると、JISZ8402(分析・試験の許容差通則)から、

ただし、D2(95)=4.39(n=9の場合)となります。
ばらつきRの小さな硬さ標準片を希望されることがありますが、硬さ標準片の品質はばらつきRの大きさだけでは決まりません。 硬さ標準片として重要なことは、硬さ標準値が変動しないということです。 異なる標準試験機や標準圧子を使用して値づけしても、値づけする日時が違っても、標準値が変動しないことが大切です。 しかし、標準試験機にも若干の変動があり、標準圧子にも圧子間に校正し切れない誤差が存在することや、その上に標準片にもばらつきがあることから、常に同一の標準値が得ることは極めて困難です。 例えば、硬さ標準値がHRC60.10と値づけされた硬さ標準片が後日に再測定したとき標準値がHRC60.30と値づけされたとき、どちらが正しいかという話になります。 しかし、どちらが正しいかということは適切ではなく、どちらも正しいという言い方もできます。 結局、標準値は精度の範囲内で保証されているということです。標準値が変動する可能性の目安として、標準値の精度という形で表しています。 他の硬さ標準値の精度も、同様な考え方で決められています。
表3に代表的な硬さの標準値の精度(信頼率95%)を示します。
硬さ標準設定の経験を通じて


前宮城教育大学教授
元工業技術院計量研究所力学部長
矢野 宏
硬さ標準の設定
計量研究所の在職中の前半は、ロックウェル硬さ標準の設定という仕事をしました。計量研究所の所長から明治大学の教授へと転職された山本健太郎先生が当時の責任者でした。長さ、温度、時間などという標準は、それぞれ物理的意味を持たせており、所の本務として、本格的に研究していましたが、硬さのように工業的な約束によって成立する標準についての実績は乏しかったのです。
将来にわたって変化しない硬さ標準の値を作ることができるものか、仮に、設備を更新しても同じような値が再現するものか、ということが、当時、一番心配したことです。
1960年に、当時の国鉄が新幹線のベアリングの硬さに、計量研究所で設定されたロックウェルCスケールの硬さ標準を採用することが決まり、標準の普及が始まりました。
さらに研究の結果、ロックウェル硬さ試験機の誤差を極力小さくして作れば、正しい硬さの値が設定されることも分かり、おそらく、現在でも、標準の値は変化していないと思います。
標準のトランスファー
ところで、標準の値は標準値の付けられた試料を通して、実際に使われる試験機の校正に使われることになります。
このような作業を標準のトランスファーと呼んでいますが、計量研究所の値のついた試料を標準片と呼ぶことにしました。
当時は計量研究所で標準片を作って、値付けまでもしないのかといわれましたが、そうしたゆとりはありませんでした。
そこで信頼のおける試料に標準値を付ける仕事を、(財)日本軸受検査協会にお願いすることにしたのです。
このような2次の標準機関にお願いする場合、そこの技術力がものをいいますが、幸いなことに硬さ標準についてのかなりつっこんだ勉強をして、設備も強化してくれました。
この標準片を自力で作ることができないかと、永い間考えていたのですが、幸いなことに、(株)旭工業所がこの仕事に協力してくれました。
現在私は、よい製品を効率よく作るということで、品質工学という方法を勉強しているのですが、(株)旭工業所もこれを勉強してくれて、すでに前回のニュースに出ているように、大成功を収めたのです。
標準の誤差
標準値は正しく、しかも標準片も信頼おけるものが作れるようになったのですが、問題は標準の誤差です。
標準値は正しいといっても、これを永い間、維持するとなると、避けられない誤差があるわけです。
今の品質工学の言葉を使えば、硬さ標準の誤差は、許容差設計という方法で求められています。
つまり、標準を構成しているさまざまな要素の誤差を分解して、それがどのていど標準値に影響しているかを判断しているのです。
おそらく、標準の値の誤差は、標準偏値で表わせば、0.1HRC以下でしょう。
ところが、実際の硬さ試験機で硬さを測るとなると、話は、これで終わらないのです。
現在、JISZ9090「測定-校正方式通則」(1991)というのがありますが、これを勉強すると分かるのですが、そこには標準の誤差の求め方が示されています。
このような方法を経て、実際の測定値の誤差には、
標準の誤差
標準で計測器を校正した時の誤差
実際の測定の誤差
が構成されています。
これを全部まとめると実際の硬さ測定の誤差はかなり大きいことが分かります。
誤差の誤差
測定の信頼性を表わすのが、誤差の表示だと思いますが、表示された誤差自体にも誤差があり、まず私はこれを「誤差の誤差」と呼ぶことにしています。
誤差の求め方が悪ければ、誤差の誤差も大きくなります。
そのような観点でいえば、通常、誤差として表示されているものは、怪しいものが多いと思った方がよいと思います。
特に、繰返し測定をして、最大値と最小値の差を求めるようなものは、誤差のほんの一部分にすぎません。
硬さ試験ではこうした誤差が幅をきかせているのは困ったものです。
硬さ標準の場合は、こうした誤差をできるだけ合理的に求めるようにしました。
ただし、これを信頼率95%などといって表示するのは全くの目安にすぎません。
かつてはそのような統計的な表示にこだわったこともありますが、今はあまり問題にしていません。
大切なことは、誤差の誤差を小さくすることです。誤差については、今までの考え方を180°変えるくらいのつもりが必要です。